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東京地方裁判所八王子支部 昭和51年(ヨ)351号 決定 1976年11月24日

申請人

今溝喜久司

外七名

右申請人八名訴訟代理人

楠本安雄

被申請人

山基建設株式会社

右代表者

山田基春

右訴訟代理人

藤井博盛

右当事者間の昭和五一年(ヨ)第三五一号建築工事禁止仮処分申請事件につき、当裁判所は、申請人らが一括して保証として本決定告知の日から一〇日以内に金六〇万円を供託することを条件として、左のとおり決定する。

主文

被申請人は、申請人今溝喜久司、申請人今溝啓司、申請人原政江および申請人伊藤博則との関係において、別紙物件目録記載の(一)の土地上に建築予定の同目録記載の(二)の建物につき、別紙図面(一)、(二)赤斜部分(最上階北側住居二戸分)を建築してはならない。

被申請人は、別紙物件目録記載の(二)の建物の一、二階各北側および三階西側のバルコニーに、一、二、三階各東側および一、二階各西側の各居室の窓に目かくしを設置しなければならない。

申請人原安代、申請人伊藤タツエ、申請人浅倉晴雄、申請人坂本富士子のその余の申請は、いずれもこれを却下する。

申請費用は、被申請人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当事者間に争いのない事実と本件疎明資料を総合すると、つぎの事実を一応認めることができる。

被申請人は、本件土地上に本件建物の建築を計画し、昭和五一年七月一日東京都建築主事から建築確認を受けた。申請人らは、それぞれ当事者の各肩書に記載した地番の土地上に存する建物に居住しているものであり、その権利関係は別表のとおりであつて、その居住する建物と本件建物との位置関係は別表および別紙建物配置図のとおりである。申請人らは被申請人による本件建物の建築計画を知り、右計画につき、被申請人に説明を求める機会をもつたが十分納得のいくまでに至らなかつた。ところで、被申請人は、本件土地がその北側にあたるいわゆる水道道路に面する部分に比して南側が低い形状にあつたことから、右水道道路面とほぼ同様の高さになるよう土を入れて均一の地盤を作り、右地盤を基準にして本件建物の建築を計画した。そこで本件建物は右地盤からは高さ9.912メートルであるが、申請人らの居住する建物の地盤は、別紙建物配置図の如く65ないし81.5センチメートル低いところに位置しているので、右申請人らの地盤を基準にすると、本件建物は、高さ10.562ないし10.727メートルになつている。

本件土地および申請人らの居住する各土地は、国電吉祥寺駅から東南へ約四〇〇メートルのところに位置し、都市計画上は、近隣商業地域、第二種高度地区、準防火地域、建ぺい率八〇パーセント、容積三〇〇パーセントに指定されている。本件建物ならびに申請人原安代、申請人浅倉晴雄、および申請人坂本富士子の居住する各建物は都道四一三号線(通称水道道路)の北側に面しており、右水道道路北側の周辺の状況は、各種店舗がたち並んでいるが、申請人浅倉晴雄、および申請人坂本富士子が居住する下方荘の東隣に三階建建物が一棟ある他一階建又は二階建の建物が建つている。その他本件土地周辺の状況は、三階建以上の中・高層建築物が散見されないことはないが、殆んどは、二階建以下の住宅が建てられている。

申請人今溝喜久司(その居住する建物の所有者)、申請人今溝啓司(喜久司の子)は昭和一一年頃から、申請人原政江(夫である原広所有の建物)および申請人原安代(その居住する建物の共有者)は、大正一三年頃から、申請人伊藤博則および申請人伊藤タツエ(いずつもその居住する建物の各所有者)は、昭和三三年頃から、申請人浅倉晴雄(妻の父猪爪辰雄所有の建物である下方荘二階に居住)は、昭和四七年頃から、申請人坂本富士子(右猪爪から賃借した建物である下方荘一階に居住)は、昭和三七年頃から、それぞれ別紙建物配置図記載の建物に居住しており、本件土地上には昭和五〇年一二月頃まで荒木チヨ野が平野建(一部水道道路に面した西側部分二階建)建物を所有して居住していたものの申請人らはこれによる日照阻害を受けることなく、今日まで十分な日照・その他自然の恵みを享受して生活してきた。

本件審尋の過程で被申請人は申請人らの了承を得て本件建物の基礎工事を行つているが、本件建物が計画どおり完成すると、申請人らは、冬至においてそれぞれ次のような日照阻害を受ける(本件建物の高さを建築確認を得た9.91メートルに申請人らの地盤面との高低差の最大値である81.5センチメートルを加えた10.72メートルとし、かつ、申請人らの居住建物の南又は東もしくは西側面のほぼ半分が日影になる時を基準として算定)。

(1)  申請人今溝喜久司および申請人今溝啓司、午前一一時頃から午後三時頃まで。(なお、申請人今溝喜久司所有の建物の南側には約3.5メートルの空地があるため被害は以上にとどまつているのである。)

(2)  申請人原政江、午前九時から正午頃まで。

(3)  申請人原安代、午前九時頃から午前一〇時頃まで。

(4)  申請人伊藤博則、午前九時頃から午後零時三〇分頃まで。

(5)  申請人伊藤タツエ、午前一〇時三〇分頃から午後零時三〇分頃まで。

(6)  申請人浅倉晴雄および申請人坂本富士子、午後一時三〇分頃から午後三時頃まで。

又、申請人らは、本件建物により、圧迫感を受けるほか、天空、通風、採光にも支障をきたし、さらに、本件建物の北および西側にはバルコニーが、東および西側には窓がつけられているため、本件建物に居住する者からのぞき見され、プライバシーを侵害されるおそれが十分にある。

二日照、天空、通風およびプライバシーの確保は、健全な日常生活において欠くことのできない生活利益である。従つて、これらの利益が他人の行為によつて、不法に侵害される場合には、被害建物の居住者は、その侵害を排除することができるものと解される。そして右侵害行為が不法と判断されるのは、社会生活上、通常受忍すべき限度を越えた場合であり、右受忍限度は侵害する側の事情と侵害される側の事情とを比較考量し、とりわけ、侵害物の性質、社会的価値、態様、程度、その位置する地域性、侵害の回避可能性を考慮して判断すべきである。

三そこで前記認定した事実により受忍限度について検討する。

1  本件建物が完成すると申請人今溝喜久司、申請人今溝啓司、申請人原政江、申請人伊藤博則は、これまでそれぞれ前記認定の如き永年にわたつて享受してきた日照、天空、通風等の健全な日常生活において欠くことのできない生活利益を一挙に奪われ、前記のようにかなり長時間にわたつて日照を阻害されるほか、採光にも支障をきたし、本件建物から受ける圧迫感も強く、極めて劣悪な生活環境におかれることを余儀なくされることになり、肉体的、精神的に深刻な打撃を受けることが推認される。そして右に加え、本件土地および水道道路にそつたその周辺地域は近隣商業地域に指定されているとはいえ、近い将来、急速に中・高層化が進む地域であるとも認められないこと、本件疎明資料によれば、被申請人は、本件土地を能率よく利用し、少しでも多くの店舗、住宅を供給しようという目的はあるものの、主に営利を目的としていわゆる販売用共同住宅を建築しようとしているものであること等の諸事情を考慮すれば、本件建物は建ぺい率、容積率ともに許容限度にかなり近いものながら建築基準法にかない適法なものであること等被申請人の側の事情を十分斟酌しても、申請人今溝喜久司、申請人今溝啓司、申請人原政江、申請人伊藤博則については、前記受忍限度を超えていると認めるのが、相当である。

被申請人は、申請人原政江の居住する建物につき、東からの日照を十分享受する構造になつていないと主張するが、本件疎明資料によれば、右原政江の居宅は、東側一階に玄関および窓、二階に窓が設置されていて、日照を受ける構造になつていることが認められ、申請人伊藤博則の居住する建物につき、敷地にビニール波板の物置を設置し、一階部分の日照利益を自から放棄していると主張するが、本件疎明資料によれば、申請人伊藤博則の居住する建物は、一階東側にビニール波板の屋根を有する物置はあるものの、右建物の日照は、右の部分からだけ享受されるものではなく、東側二階、南側一階、二階に窓が設置されていて、右部分から日照を享受する構造になつていることが認められ、被申請人の主張は採用することができない。又、被申請人は、本件土地上に仮りに二階建の建物が建築された場合にもこれによる日照等の影響は本件建物のそれと異なるところがないと主張するが、疎乙第三〇号証のみではこれを疎明するに十分ではなく、他に右主張を疎明するに足る資料はない。

そうであるとすると、申請人今溝喜久司、申請人今溝啓司、申請人原政江、申請人伊藤博則のために最低限度必要と認められる日照、天空、通風、採光の確保、圧迫感の除去のためには、少なくとも申請の趣旨第1項記載の程度の設計変更が必要であると解する。被申請人は、右の程度の設計変更では殆んど日照回復について実効性はないと主張するが、右のように設計変更すると、本件建物の北側部分は三階部分が削られて、二階建となるため、右の申請人らは当初予想された日照阻害が減少するほか、天空、通風、採光、圧迫感についてはかなり改善されることは容易に推認できるところである。

そして、本件建物が、計画どおり完成してしまえば、後日、申請の趣旨第1項記載の部分を除去することは著しく困難であることが明らかであるから、保全の必要性も認められる。

以上の次第で、申請人今溝喜久司、申請人今溝啓司、申請人原政江、申請人伊藤博則の本件申請の趣旨第1項記載の申請は理由がある。

2  その余の申請人らについては、本件建物建築により日照等生活環境による被害の程度は日影時間とその態様、居住建物が水道道路に面していることなど諸般の点を斟酌すると未だ被申請人に対し申請の趣旨第1項記載の部分の建築の禁止を命じなければならない程甚だしいものとは認められない。

そうすると、右申請人らについては、同人らが右建築禁止を求める権利を有することについてこれを認めるに足る疎明がないことに帰し、本件事案の性質上、右疎明の欠缺を保証をもつてかえることは相当でないから右申請人らの本件申請の趣旨第1項記載の申請は理由がない。

3  本件建物が完成すると、申請人らは、それぞれ自己の日常生活は本件建物の居住者から頭上よりのぞき見される危険が生じ、プライバシーの確保に重大な障害を受けることは明らかであつて、その受ける被害の程度は前記受忍限度を超えているものと認めるのが相当である。

そうであるとすると、右申請人らのために最低限度必要と認められるプライバシーの確保のためには、少くとも本件建物に申請の趣旨第2項記載の目かくしの設置が必要であると解する(被申請人は本件土地の周辺には目かくしを設置しない慣習があると主張するが、右主張を疎明するに足る資料はない)。

そして、本件建物が計画どおり完成して、第三者の入居が済んでしまえば、後日、右目かくしを設置することは著しく困難であることが明らかであるから、保全の必要性も認められる。

以上の次第で、申請人らの本件申請の趣旨第2項記載の申請は理由がある。

四よつて、本件仮処分申請中、申請人今溝喜久司、申請人今溝啓司、申請人原政江、および申請人伊藤博則が被申請人に対し本件申請の趣旨第1項記載の部分の建築禁止を求めること、および申請人らが被申請人に対し、本件申請の趣旨第2項記載の目かくしを設置することを求めることは正当であるから、申請人らが一括して保証として本決定告知の日から一〇日以内に金六〇万円を供託することを条件としてこれを認容し、申請人原安代、申請人伊藤タツエ、申請人浅倉晴雄および申請人坂本富士子が被申請人に対し本件申請の趣旨第1項記載の部分の建築禁止を求めることは理由がないからいずれもこれを却下し、本件申請費用については、民事訴訟法第八九条、第九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(岡村稔)

物件目録(一)、(二)<省略>

別紙図面(一)、(二)<省略>

別表<省略>

建物配置図<省略>

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